今月の天風箴言

真の平和とは理屈を超越してその心の中に
「和合」の気持を有(も)つことである
およそ感情で争う人位醜いものはない

箴言註釈28 現代語表記版

多く言う必要のないほど、平和という言葉は現代の世界人の民族的常識のスローガンになっている。

が、しかしなのである。ならばその平和なるものが果たしてどこかで真実に現実化しているかというと、残念ながら「否」と答えざるを得ないのが今の世の実情ではないだろうか!

そもそもそれは一体どういうわけなのであろうか。かりにも、人という人のすべてが平和ということを心の底から念願しているにもかかわらず、一向にそれが現実化されないというのは・・・?

私は思う、それは要するに、平和を現実化するのに何よりも必要な「和の気持」というものが、人間の個々の心の中に欠けているという、疎かにできない事実があるからであると・・・。

すなわちこの「和の気持」というものこそ、平和を現実に具体化する唯一つの根本要素なのである。

だから、人間個人の心の中にこの「和の気持」というものが欠けている以上は、どんなに平和を念願し、それを声高くスローガンとしてアピールしようとしたところで、所詮はカラ念仏に終るのは当然である。

多く言うまでもなく、基礎工事の不完全な所に堅固な建物は築かれないのと同様である。

ところが、この分かり易い道理が、いつも平和建設の設計の中から置き去りにされている傾向が、いつの場合にもあるように感じられる。

簡単な例が、労使の問題に紛争が生じた場合でも、また政党政派の間に生じた政争のようなものでも、仔細にそれを観察すると、ただ相互の利害関係にのみ重点を置いて、ただ単に条件本位の解決方法で平和を現実化させようとする。だから中々うまく協調しない。

実際! そのときそこに、相互の心の中に、少しでも「和の気持」があるならば、「思いやり」というもっともっと階級の高い心情が生じ、当然、条件本位などという自分達に都合のよい事ばかりを考えるような階級の低い心情が、自然と抑制もしくは中和されて、相互に譲歩の限度を拡げるという気高い事実が現実化してきて、苦もなく正しい協調が確立され、人類が生きる姿の中で最も尊い平和というものが、確実に事実となってくる。

ところがいざとなると、なかなかもってさに非ずで、頭から「和の気持」という尊いものなどどこかに置いてきてしまって、ただ争わんがために争うという、第二義的な低級な感情のみを炎と燃やして、勝手気ままに騒ぎ立てる。これでは第一、平和の女神が寄りつくはずもない。

したがって、完全な解決などということも、また望めるはずがない。

しかしながら、こうした事実や状態が、現代社会の各層は勿論、国と国との間にも日夜、絶え間なくあからさまに行われているのである。

事態がこうしたありさまである限りは、先述した如く、いくら平和平和と念願しても、またアピールしてみても、結局は無駄であり徒労に終るのが必然である。

そこで、更に我々が深く考えなければならないのは、仮にも明るい世界を作ろうと熱心に意図し熱く願っている我々統一道同人は、如何にすれば人々の個々の心に、本当に「和の気持」を現実に培うことができるか、ということに対する理解である。

そこで、ならばどうすればこの目的を達成することができるだろうか。
私は敢えていう。
「それは、何よりも第一に、個々の家庭生活の日々の暮しの中に、真実の平和を築くことだ」と・・・。

言い換えれば、家庭の中に、事の如何を問わず、断然争いを起こさないことである。

もっともこういうと、それは中々言い易くして出来難い事だと、天風会員以外の普通の人は必ずすぐに言うであろう。が、しかしそれは要するに、宇宙真理と人生というものを正しく理解していない俗人というものは、ともすると因縁尊重という大切なことを考えないからである。

否、考えても、案外軽く考えるからである。

要するに、この広い世界に、幾多数えきれない沢山の人という人のいる中に、自分達だけが一つ家の中に夫婦となり、親となり、子となり、兄弟姉妹となり、あるいは使うもの使われるものとなって一緒に生活しているということが、並々ならぬ、言いかえれば到底人間の普通の頭では考えきれない「縁」という、不思議以上の奥深く計り知れない作用であるということは、これを科学的に考えても、実に重大な真相が窺い知れるのである。

それは、およそこの世の中の万象万物がどうして作られているかという事を考えると、直ちにこの事実の重大さが分かるからである。

およそこの世に在る万物万象の一切は、これを科学的にいえば、人間の五官感覚では到底完全に認識することの不可能な、アトミック・カルパスクル(Atomic Corpuscle ※註・末尾参照)と名づけられる極微粒子で作られているからある。

要するにこの特殊の名称をもつ極微粒子が、この宇宙の空間を形成している。即ち換言すれば、宇宙の空間とはこの極微粒子の充満した姿を指していうのである。

そしてこの微粒子は、ずばり言えば即ちエネルギーそのものなので、したがって森羅万象万物の悉くがその存在を現わすのは、このエネルギーの結合融和の結果であり、また万物万象それぞれその形を異にし、在るべきところに安定するのもまたこのエネルギーの作用なのである。

したがって哲学でいう「縁」なるものは、科学的にいえばこのアトミック・カルパスクルの微妙な結び付きなのである。即ち万象万物の根元をなすエネルギーの離合集散による調和現象に対する名称なのである。

現に、ヨガ哲学奥義書である『ウパニシャッド』の「聖なる生命」の一節にも、
「Ascending  Series  of  Substance」という章句があるが、その中に

There is a self that is of the essence of Matter・・・There is another inner self of Life that fills the other・・・There is another inner self of Mind・・・There is another self of Truth-Knowledge・・・There is another inner self of Bliss.
  Taittiriya Upanishad
  From “The Life of Divine”
(編集部訳)
「本質の向上的な繋がり」
物質の本質たる自己があり、自己の内部には他者の生命に満たされたもうひとつの自己がある・・・そこには心が宿るもうひとつの自己があり、真実の知恵が宿るもうひとつの自己がある・・・そしてそこには無上の歓びの宿るもうひとつの自己がある。
 『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』「聖なる生命」より)
                 
というのがあるが、この詩句を充分に味わってみると、この「縁」=アトミック・カルパスクルの作用が如何に奥深く計り知れないものであるかが分かると同時に、「縁」なるものがまた如何に重大に考えるべきことで、決してないがしろにしてはならない尊重すべきものであるかが、これまた分かるのである。即ち仏教者のいう「一河の流れ、一樹の陰、つまづく石も縁の端」、まことにいい加減にすべきでないということが分かる。

科学的に分り易くいうならば、万象万物の存在は極微粒子の集積である。そして、その集積は文字通りの集積で、決して独自の存在ではない。即ち互いに協調し扶助しあっての存在である。だから一切の物も事も、その協調と扶助とが完全である時に、安定という事実が現れるのである。

そして更に考えなければならないことは、物や事の推移変遷するのは、一切の物、事を完全化させようとする宇宙に存在する自然現象=アトミック・カルパスクルの本来の作用である、「調和の復元」という作用の表われである。

つまり諸行無常の変化変転というのは、現象の完全化に対する別名で、アトミック・カルパスクルの作用に対する根本原理の変化では断然ないのである。

だから我々天風会員は、何を措いても先ずこの「縁」を重大に考えるのである。即ち、人の力ではどうすることも出来ないこのアトミック・カルパスクルの作用を、尊重以上、むしろ尊敬するのである。即ちこの犯すことのできない真理に立脚して、一つ家の中に起居生活する者を、別個の存在と考えないのである。言い換えると、すべてを己れと考えるのである。

だから、我々天風会員の家庭にはこれまた決して不平和はないのである。

己れが己れを憎んで、己れを疎外したり、己れを打ったり、叩いたりなど、正気のものならする筈がないのと同様である。

即ち、すべてを「一つ」と考える時、理屈なしに人間の心の中の一番尊い愛の情というものが溢れ出てくる。

愛の情こそは、「和」の種子であり、又稔りの力である。

ところが、何事かといいたいくらい、現代の文化人ともあろう人々の、およそ天風会員でない人の家庭には、愛の情が漂っていないのである。いや漂っていてもそれは動物的な感情本位の愛の情で、まごころから出る愛の情ではない。だから、容易に穏やかなほのぼのとした春風がなかなか訪れないらしい・・・。

というのも、結局は、「精神と現実に対してもっと入念に思いを巡らせて、物事に対する省察の深さを現実にする」という、いわゆる内省検討を疎かにしていることに気づかずに生きているためである。

しかし先述したとおり、このような人々の多い世の中では、到底我々が考え願っている明るい社会などは、容易におとずれてこない。

だからぜひとも、こうした正しい真理を自覚し、その自覚をもって、尊く日々を生きている我々天風会員は、益々その自覚を実生活に実行して、無自覚な不幸に生きる人々に幸福をもたらすために、まごころで教えてやろうではありませんか。

否、そうしてこそ、期せずして、毎日生きがいを感じることができる幸福な真人となり得るだけでなく、人生の苦悩に迷う人々への「開悟」の光明となることが立派にできるのである。

それ故に、敢えて重ねていう。

どうぞ、ますます世のため人々の幸福のために、統一道を実践する尊い私達の仲間を増やされんことを、お互いの人生功徳のために心の底からお奨めする次第である。

※編集部註・それまで物質の最小構成要素は原子であり、それ以上分割できないと信じられていたが、一八九七年、イギリスの物理学者、サー・ジョゼフ・ジョン・トムソンが原子の中に別の粒子が含まれていることを発見し、それをCorpuscle(カルパスクルまたはコーパスクル)と呼んだ。トムソンは、一九〇六年にノーベル物理学賞を受賞した。

『天風哲人箴言註釈』昭和三十八年発行、「箴言二十八」現代語表記・編集部編

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