中村天風財団(天風会)

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今月の天風箴言

真理を践行するものは
猥(みだ)りに他人の批評を為す勿(なか)れである
否その閑(ひま)があるならば 自分自身を厳正に批判するがよい

箴言註釈九 現代語表記版

この箴言の真意は、要約すれば、自己省察をより一層慎重に現実化して、自己向上を達成するのに必要な、いわゆる人生に対処する「心がけ」を理想的に作り上げようというものである。

多くいうまでもなく、我々天風会員は、かりにも世界的に比類のないと言われる特殊な理論・方法によって体系化された「心身統一法」に対し、終始情熱ある実行者であるべきである。

つまり「心身統一法」というものは、宇宙真理を実践して、生命の生存と生活を確保することを鉄則とする、犯すことのできない、厳しいものなのである。

である以上、何をおいても、常に自己の生命と人生とを自己自身の責任で断固として守ることに、最善の努力を尽くすということもまた当然である。

そしてそれを現実化するには、どのような場合であっても、自分の「心の強さ」を、尊さと正しさと清らかさで確実に堅く守り続けなければならない。

そしてまた更にそれを一層正確なものにするためには、自己の「心」をほんのわずかであろうとも汚さないことが、まず先にしておかなければならない最も重要な点である。

言い換えれば、常に自己の「心」の在り方を、かりにもいいかげんにしないよう、厳しく有意注意力を注いで、これを監視することをおろそかにしてはならない。

ところが、みだりに他人を批判するという悪い習性を、少しも気づかないままこれを適切に是正しないと、これに相呼応(あいこおう)して、自己の心の在り方に対する注意が知らず知らずに疎(おろそ)かになり、結局は、生命確保の根本をなす「心」の態度が、必然的に消極的に陥(おちい)るという価値なき結果を招くことになる。

ことわざに、「人のふり見てわがふりなおせ」というのがあるが、他人の言葉や行為をやたらに批判する人というのは、人のふりにわがふりを正しく照合してわがふりを是正しようとはしないで、ただ難癖(なんくせ)をつけて批判するだけなのであるから、したがってその批判からは少しも価値あるものを自分の心に感じ取れない。

結局、みだりに他人を批判することが主になって、少しも自己省察をしないために、人生になによりも大切な自分自身の統御ということに、少しの進歩も向上も現れてこないのである。

しかし、これでは何のために真理を知ったのか、およそ無意味なことになる。

要は、他人のアラや欠点を詮索(せんさく)することを止めて、自分のアラや欠点を厳しく反省することである。

禅家の教えにも、「時々払拭して塵埃(じんあい)を止まらしむるなかれ」というのがある。

われわれ統一道の践行にいそしむ者は、ぜひともこの教えに則した心がけを念入りにして、価値高く活きることに専心するべきである。
「他人のことはすぐ分かるが、自分のことはなかなかそう容易には分かりにくいものだ」、などというのは凡人の言い草である。

自己省察というものが、人生向上への最も重要なことであると真に自覚している者は、この言葉を断然排除して、他人の事に干渉する批判という無用なことを行わずに、常に自己を自分自身で厳格に批判して、ひたむきに自己の是正に努力することを「自己の人生に対する責務」の一つだと思うべしと、あえて強調する。


『天風哲人箴言註釈』昭和三十八年発行、「箴言九」現代語表記・編集部編

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