中村天風財団(天風会)

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今月の天風箴言

人生に対して恒に積極的精神を堅持せざる

ものは 健康や運命の勝利者にはなれない

新箴言註釈十三 現代語表記版

この箴言の註釈は、今更事新しく説明する必要のないほど、われわれ天風会員のすべてが、充分よく知り尽くしていることである。

というのは毎回の講習会で説く心身統一の先決問題として教示する「観念要素の更改」、「積極観念の養成」、「神経反射の調節」の各法が、要約すれば、この箴言に掲げる目的を達成させるために組織されたものであるからである。

がしかし、心身統一の実際方法を知らない天風会員以外の人々は、事実においてほとんど大部分と言ってよいほど、このおろそかにできない重要な事に案外無自覚でこの貴重な人生に生きている人が、残念ながらその数が極めて多いのである。

そのために、当然健康で幸運で生きられる万物の霊長である人間に生まれながら、惜しいことにその一生を、健康も運命もむしろ常に望ましくない価値なき状態で、少しも人生を有意義に生きていないのである。

これというのも結局人生建設の根本は、「ただひとえに精神にあり」という厳格な宇宙真理を正しく理解していないからである。

そしてその種の人は、ややもするとただ肉体に対する方法だけで、有意義な人生が建設できるもののように判断している。

これが極めて軽率な判断であることは、会員諸君はすでに明瞭に理解されているところであるが、いかに文化が物質方面にばかり進歩して、一方おろそかにできない精神文化がまるで置いていかれているような状態であるとはいえ、あまりにも精神態度を軽視する人が多いのには、実際、呆れざるを得ない現状である。

よい例として昨年夏に入会したある中年の紳士の一人が、入会と同時に、副会長の杉山博士に「天風会の食生活は?」と質問した。

そこで副会長が出来る限り植物性の食物を基本とすると答えると、「実は私は昨春以来高血圧症になり、健康法のある大家から、やはり植物食を奨められ、およそこの一年間動物性のものは干ものも口に入れないようにしていたのですが、一向血圧が思うように下がらないのです。そのためいささか植物食に対する気持ちが動揺しているのですが、ほんとうに植物食がいいのですか」と言うので、博士が「勿論! 人間の健康づくりには植物食を絶対に必要とする。君の血圧が一定のものに復帰しないのは、植物食云々のためではない。察するに君の血圧の下がらない理由はもう一つ、君の気づかない点にあるのだと思う」と言うと、不思議そうな面持ちで「私の気づかない点とは?」と訊ねるので、博士が「君は今もいう通り、せっかく血圧の降下だけでなく健康確保のために最も効果のある植物食を実行していながら、今一方でやるべきではないよくない事をやっていると思う。それは他のことでもなく、絶えず血圧のことを気にすることだが、どうだね? 血圧を気にしていないかね?」と言うと、「それはもちろん、それが私の食生活を植物性のものにした理由ですから、気にせずにはいられません。ですから頻繁に血圧を計っています」と、いかにも当然のように言うので、博士が「そうか、では毎日もう下がったか? 今日はどうだろう? という気もちで、そればかりを気にしているんだろう」と言うと、「その通りです」とハッキリ答えたのである。

「それだよ、君の血圧の下がらない理由は。もっと詳しく言えば、たとえ植物食で血圧も下がり健康も良好になるような理想的なアルカリ性の血液が出来ても、すぐそのそばから血圧を気にするという神経過敏な消極精神を心に抱かせれば、そのよくない精神影響を即座に受けて、血液がたちまち酸性になってしまうので、言い換えると、積んでるそばから崩すのと同様のことをしているからだ。要するに、君の血圧の下がらないのは君の精神状態が消極のためなのだ。だから植物食を実行すると同時に、講習会で教えられた積極精神を作るのに必要とする各種の方法を実践して、血圧を気にするような神経過敏な消極的な気持ちを現実に矯正したまえ」と丁寧に教え戒めた。

そこでこの人は、その後血圧を一切気にしないで、もちろん血圧も計らないでいると、主治医が不審に思い「この頃血圧を計りに来ないがどうした」というので、「もう血圧のことは気にかけないことにしました」と答えると、「冗談じゃないよ君、そんな無茶なことを言ってはいけない、とにかく計ろう」と無理やりに検査すると、何と理想的な健康的血圧なので「おかしいぞ、こんなはずはない」ともう一度念のため計ってみると、やはり異常がないので「君の血圧は植物食を励行しても容易に下がらないやっかいなものであったが、今日計ると断然良くなっているが、何か他の方法をやったのか」と訊ねるので、「実は天風会員になって、積極精神を作る実際方法を習得して実践しています」と答えた。

するとそれを聞いた主治医は、非常に感激されて「僕も入会しよう」と言って即座に会員になって、今更ながら自然良能作用と精神状態が非常に密接な関係をもっていることを痛感し、これからほんとうの医者になりますと、家族及び看護婦までも入会させて目下熱心に聴講されている。

以上の様な実例は、正直にいうと枚挙にいとまのない程、会員諸君が実際に経験されているところで、それというのは要約すれば、人間の精神状態がその生命活動の営みの要にあたる神経系統の作用に、ものの声に応ずるように、すなわち打てば響くように影響し反映するためである。

事実、神経系統の作用に万一不調和が生じると、生命エネルギーの受容もまた配分も、すべてその調節がうまく行かなくなる。したがって前述した通り、いかにほかの合理的な養生法や健康法を実行しても、肝心の神経系統の作用が不調和になると、コイルの配列が不完全なモーターにいくら良性の潤滑油を注入しても、またその他の手入れを行い、更に強力な電流を流しても、規定通りの良好な回転は得られないのと同様なのである。

ただし、モーターのコイルの調整作用はモーター自身にはない。

しかし人間の生命のコイルに相当する神経系統は、精神態度がその作用を妨害しない限りは、神経系統それ自身に自然的調整作用がある。そしてその最も理想的な精神態度とは、精神の絶対安定した状態をいうのである。

要するに、天風教義の真髄たる心身統一の先決問題に、精神態度の積極化を力説する理由も又ここにあるといわねばならない。

これあるために、ますます堅固に心に刻んで天風教義を実践されて、宇宙真理に順応し、正々堂々、健康と運命の勝利者としての現実の力を発揮されることを強く心より推奨する。

昭和四十年三月「志るべ」七十三号所収「新箴言註釈十三」現代語表記・編集部編

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