中村天風財団(天風会)

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今月の天風箴言

健全なる精神は 人生の一切に対してその心の

態度が積極的である時にのみ正しく作為される

新箴言註釈十五 現代語表記版

多くいうまでもなく、精神の健全ということが、人生を健康的にも運命的にも完全に解決する唯一の根本要素であるということが、厳然たる人生真理であると同時にまた犯すことのできない自然法則であるということは、時の古今を問わず、洋の東西を通じて普遍的によく認識されていることである。

しかし、この重大な事実、すなわち精神を健全にするという重大な事実を、ならばいかにすれば現実化することができるかという問題になると、誠に残念ながら、現代相当の理知教養のある人でも、この箴言に示したように、「健全なる精神を現実化するには、何を措いても先ずその心の態度が、人生の一切に対して、積極的である時のみ、正しく作り上げられる」という重大な事実、言い換えれば、人生に存在するこの絶対真理を正しく理解している人が、誇るようではあるが我々天風会員以外には、極めて希なのである。

何を証拠にこのように断言するかというと、今なおこの現在の世の中に「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」という、文化の未発達時代の人間の言っていた過去の思想を、さもさも絶対真理のように思っていたり、また口にする人がいるからである。

そもそもこの言葉が、相対理論であって絶対真理でないことは、我々天風会員は講習会の講義でしばしば教示されていることなので、充分理解されていると信じるが、前掲の通り、この言葉を絶対の真理のように軽率に早合点している人が、専門の医者やあるいは学者の中にも、今なお相当多く見られる傾向がある。

すなわち、この言葉をいちずに絶対の真理のように思う人々は、健全な肉体をもつはずの人々、たとえばスポーツマン、また武術家、あるいはレスラーやボクサー達が、必ずしも健全な精神の持ち主でなく、その人々の中にも気の弱い神経過敏な、すなわち精神状態の不健全な人を往々見受けるということを見落としている。

それだけでなく、この種の人々は、肝心要の健全な肉体を作るのにも、その先決要件は、何よりも精神状態を健全にしなければ、その目的を達することが絶対に不可能だということを、正しく自覚していない。

結局この種の人々は、人生に存在する表面的事実の片鱗だけを見て、それで独断的な全体論を論ずる人で、もっと分りやすくいえば、肉体に少しでも故障が生ずると元気が無くなって、当然精神状態も消極性になるではないか、という一般的な事実だけに考察の焦点をおくからで、更にその時に、その人が精神状態を積極的にすれば、肉体の不健全な故障は、その積極的な精神状態が反映されてたちまち自然良能力が促進されて、その快復を早めるという貴重な重大事実を理解していない。

だから万一、会員諸君の知友の中に、この種の無自覚な人がおられたなら、私の著書である『真人生の探究』の講読を勧めなさい。その著書の中の「精神生命の法則」を読めば、どんな偏った独断的な教義に固執する人でも、真理に反抗する者はあり得ないから、必ずや人生に正しい自覚を得られて、宇宙真理に順応して正しい人生に生きる我々統一道のよきお仲間に入ってこられ、本当の人生の幸福を味わうことになると信ずるからである。

要するに、我々天風会員は、自分だけの幸福でなく、一人でも多く健康的にも運命的にも完全な人生に生きるという幸福な人間をこの世に増やすというのが、その教義精神なのであるから、もしも真理に無自覚の人々を見出したら、まごころを込めて、幸福の殿堂である統一道へ、尊い人類愛の手を差し延べて誘われたいのである。

そこでもちろん修練会を修行された会員には分っていることであるが、まだ修練会をやらない会員のために、精神の積極状態ということの要点を、簡単にここに教示しておくことにするから、充分正しく理解されることを心より望む。

すなわち精神の積極状態というのは、厳密にいうと二つに分類される。

A 絶対積極  

B 相対積極

つまり絶対積極とは、

「何事に対しても、虚心平気の状態」ということであり、

相対積極とは、

「何事に対しても、出来得る限り、明朗恬淡、溌剌颯爽として対応すること」、すなわちこれである。

いずれにしても、人生建設の先決要件である健全精神の完成は、その基本条件である精神状態を絶対積極の状態に到達させることである。そしてその到達過程の方法手段として、相対積極から身につけるべきであるということは既に修練会で説かれているから、修練会員は一般会員への模範としてその実際を具現されることを強く勧めて、厳しく真剣なる実践を希望する。

昭和四十年九月「志るべ」七十五号所収「新箴言註釈十五」現代語表記・編集部編

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