新箴言註釈十七 現代語表記版
調和ということは、我ら天風会員が、年中行事の最高最大のたのしい実践としている、あの夏期の修練会の数多い行修課目の中で、これまた最高度の価値があると参加会員諸君から絶賛の高い評価を受けている真理瞑想行の教説の中で、人間の生命と宇宙創造の根本主体との実際関係を説くときに必ず詳細に亘って説明するので、修練会を一度でも修めた会員は、「そもそも調和ということは、厳粛なる宇宙本来の姿であり、そしてまた人生の実相であると同時に、生きとし生ける生物の生命の本来ありのままの姿なのである。言い換えると調和ということは、万物存在の絶対に犯すことのできない尊厳ある自然の性質なのである」ということを了解されていると信ずる。
また「これは論より証拠で、調和のあるところのみにいわゆる真の完成というものがあって、反対に調和の無いところには絶対に完成というものはあり得ない」のは、一切の物事や現象にはっきりと現れている。
特にこの事は、我々の住むこの世界にあるさまざまな出来事の中でも、自然的に発生する出来事を詳細に観察すると、その何れもすべてが、この宇宙本来の姿である調和という自然の性質が発動する現象なのであるということが合点される。
すなわち、雨にせよ、風にせよ、雪にせよ、氷にせよ、寒暑温冷一切合切、そのすべてがこの調和という自然性がその根本的な原因となって発動する現象に他ならない。
それだけでなく、極言すれば、人々の大いに畏怖し嫌う天変地異、地震、噴火、台風、津波等々の災害のようなものも、また人間の生命に生ずる疾病や体の変調などの現象も、もっと分りやすくいえば、発熱するのも、下痢するのも、皆この厳しい宇宙摂理より生ずる尊い大自然性の発動した現象なのである。
すなわち、宇宙における物事や現象の一切を出来る限り完全な姿にあるように、言い換えれば絶対調和の状態にさせるよう、その不備と欠陥とを是正しようとするために、自然が働きかける作用なのである。
そしてその絶対調和の状態こそ、美というもののほんとうの姿なので、調和の無いところに完全が無いのと同様に、調和の無いところにほんとうの美は無いのである。
もっと換言すれば、うつくしいという言葉は、しっくりと調和しているという意味で、更にうつくしいというのは完全だということになるのである。
また、前にも言った通り、調和の無いところには完全というものが無いのであるから、政治であれ、事業であれ、いや、人事世事一切合切について、調和がすべての完成への源を為すので、従ってどんな思想でも、主義でも、また計画でも、設計でも、調和を無視し忘れ去った考え方では、到底その完成は現実化されないのが当然の真理なのである。
要するに、俗にいう「無理は通らぬ」というのが、この実際の事情を充分に明らかにした言葉なのである。
だから、何事でも、現実に完成させようと意図するなら、何よりも調和という大事な事実をその根本の基盤にすることが、必須の要点だということを忘れてはならないのである。
たとえば、政治家が失脚したり、事業家や商売人が失敗するのも、要約すると必ずその思索や言動にこの調和という大切な事が欠如しているか、または欠如していたということが、必ずやその原因の中に存在しているのである。
だからこの絶対真理に照らし合わせて、自己の人生の完成を現実にしようと志すものは、必ず何事何物にも「調和」ということをいい加減にしてはいけないということを、人生に対する厳粛な心得とすべきである。
現に我々の実践する心身統一法というものも、この絶対真理に則って、生命の一大調和を現実化しようとする真剣な意図の下に組織した方法なのである。
特に、その基本的な要点となっている精神態度の積極化ということこそは、真に全生命に対する最も根本的な調和の基盤をなすという重大なものなのである。
そしてまた、我々天風会員が、毎日の人生の第一声として我が心に呼びかける「誓いの言葉」も、自ら進んでこの基盤に自己の人生を定めていこうという、犯すべからざる自己戒律であり、また厳しい定めの自己憲章なのである。
これまでの記述で、夏期の修練会をまだ修得していない諸君も、人生に対する「調和」というものの重大性、すなわち「和を以て貴しとなす」ということの真の事情が充分よく自覚されると信ずる。
と同時に、この調和ということは、幸福というものと同様で、常に心に心して、自ら進んで作り上げるべきものであるということも、決して忘れてならないことである。
既にかつてこの誌上に、
Be not the first to quarrel nor the last to make it up.
(争う事を先にしないで、和することに後れるな)
という西哲の言葉を抜き書きしたのも、要は調和以外に、代償のない破壊には絶対に完成というものが無いことを、正しく自覚させたいためである。
すなわち、調和こそ、人生を正しく決定する黄金の原型ともいうべき絶対唯一の至宝である。
「志るべ」昭和四十一年一月、七十七号「新箴言註釈十七」現代語表記・編集部編
