
新箴言註釈十二 現代語表記版
およそ人としてこの世に生まれてきて、誰が不完全な人生に活きようと思う者がいるだろうか。
一度生まれて、一度死んだら再び味わうことができないという、極めて厳しいものが我々の人生であると思えば、何人といえども、できる限り人生を完全な状態で活きたいと思うのが、全世界の人類共通の欲求である。
ところがその人類共通の欲求通りの、完全な人生に活きている人が、現実に果たして何人いるだろうか?
残念ながら我々の見聞するところ、絶対にいないとはいわないが、我々天風会員のように完全な人生に活きている人というのは、世間一般に極めて少ないのが事実である。
いやむしろ、多くの人の中には、「完全な人生というのは、健康難や運命難を克服し、いつも人生を明るく朗らかに、活き活きと勇ましく活きることである」と、完全なる人生の真実の姿を正しく理解していない人すらいるのである。
また、それをそうだと正しく理解している人でも、それを現実に自分のものにするにはどうすればよいかというその方法手段に対して、正しい認識をもっている人が、これまた極めて少ないのである。
おおむね多くの人は、第二義的な手段や方法を以って、この極めて重大な人生問題が解決できるもののように誤って考えている。
すなわち第二義的な手段方法とは、つまり「金力」か「権力」を以ってすれば事足れりということである。そしてそういう人は、金を儲けることや、地位名誉を克ち取ることに日夜時間を惜しみ汲々としている。
がしかし、金力や権力では、到底この人生問題は容易に解決されるものでないということは、歴然たる事実で立証されている。
というのは、金持ちや地位のある人が、常に健康難や運命難に虐げられて、気の毒なほどどうしようもない人生苦に悩んでいる人が相当に多い。
たとえ自分の健康に何も異常がなくても、家族の中に病弱な者がいたり、あるいは現在の運命に安住することのできない者がいたりというような事態に、人知れぬ苦悩をもって毎日を生活している人が、どれだけ多いかしれないのである。
これはとりもなおさず、金力や権力には、完全なる人生の建設という問題を解決する「力」がないためである。
ところが、それをそうと考えないで、どんな病に侵されても、金力や権力をもってすれば、設備の完全な病院にも簡単に入院ができ、名医の治療も受けられるし、良薬も意のままに手に入れることが極めて容易にできると思ってしまう。もちろんそれはそうかもしれないが、それではそうすることができれば、どんな疾患も必ず快癒するかというと、事実は決してそうでないということは誰でも知っていることと思う。
お金の力で健康難が克服できるとしたら、世の中の金持ちは、誰もが健康美の所有者ばかりのはずである。
またそういう事実が万一あると仮定したらどうであろう? おそらく一番先きにその影響を被る者は、一般の医者や製薬業者であると思う。率直にいえば、患者の全部がすべて貧しい人々ばかりとなると、医者や製薬業者は相当その生活に響くものを感じると思う。しかし事実はというと、反対に貧しい人々の方に健康な者が多いという皮肉な現実があるのである。
事情はまさにこのようなわけであるから、ましてや運命に対しては、これを克服する力は、金力や権力には相対的以上の絶対的な力は断然ないのである。
ところが、それをそうだと正しい認識を多くの人がもたないのは、遠慮なくいえば、物質文化のみが極端に発達して、厳密にいうとそれと相対的に発達すべき精神文化の方が、むしろ置き去りにされているという文化の偏った発達がもたらした結果に他ならない。
これを更に適切にいえば、そのために、人々が人生を考える場合の常識に、物質的な肉体のみを重視して、絶対に疎かにすることを許されない精神というものを軽視するという誤りを犯していることに気づかぬためである。
もっとわかり易くいえば、生命を考えるときに物質的な肉体のみに重点をおく人々は、精神生命のもつ人生及び生命に対する偉大な「力」というものの現実的な価値を、我々天風会員が認識しているように、正しく認識することができなくなるためである。
だからその当然の結果として、完全なる人生の建設、すなわち健康難や運命難を克服する「力」は我々の精神生命に実在しているという、天風会員の誰でもが信念しているような価値高い認識は毛頭ないのである。
したがって、彼等の毎日の人生生活は、知らず知らず肉体偏重主義に陥っていることに気づかないで、うまくいかなくなってしまう。
そして我々天風会員のように、完全なる人生の建設は、何をおいても人生に活きている現在の瞬間を、如何なる場合にも、たとえ身に病いがあろうとも、また運命に非なるものがあろうとも、できるかぎり心の態度を積極的にしてその事柄に対応し、言い換えれば心の尊さ、強さ、正しさ、清らかさを冒瀆しないよう、決して病や運命に心を負けさせない活き方、すなわちそうした活き方をしてこそ、価値の高い人生に活きることになるのだという尊い人生真理を、全然知らないのである。
という事を考えると、お互い天風会員は、実際! 何という幸福な者よといわざるを得ないと思うでしょう!!
俗世間の人々の中に、我々天風会員のように、即座に精神態度を自由に積極化することのできる各種の貴重な方法や手段を会得している者が断然いないことに思いが及べば、限りない感謝を感じると同時に、より一層、心身統一の真理の実践に努力する情熱に燃えることと確信する次第である。
昭和四十年一月「志るべ」七十二号所収「新箴言註釈十二」現代語表記・編集部編